丸山宗利著 幻冬舎新書、2022年9月刊 著者は、北海道大学大学院農学研究科博士課程を修了、国立科学博物館、フィールド自然史博物館(シカゴ)研究員を経て、現在は九州大学総合研究博物館准教授です。アリやシロアリと共生する昆虫が専門で、図鑑の監修や、「昆虫はすごい」など多くの著書があります。
著者は、幼少のころから野山を歩きまわり、虫をつかまえたり、観察したりする「昆虫少年」でした。しかし東京育ちなので、身近な昆虫は少なく、もっぱら図鑑に親しむ「図鑑少年」となってゆきました。やがて研究者になりましたが、図鑑については特別な思いがありました。とくに子供向けの昆虫図鑑には、もっと良いものを作るのが、長年の夢でした。
その思いが学研の図鑑編集者の牧野さんに通じて、「学研の図鑑LIVE昆虫新版」をつくることになったのです。副監修には、友人の伊丹市昆虫館の長島さんと、箕面公園昆虫館の中峰さんをお願いしました。昆虫の一番の特徴は多様性です。世界で100万種の昆虫が知られていますが、実際はその10倍はいいると言います。日本だけでも3万数千種が知られていますが、10万種はいるでしょう。その進化の過程がわかるような、内容豊かな図鑑にしたい。さらにすべての昆虫を生きた姿の写真で示すことにしました。これまでの図鑑といえば標本の写真か、絵を並べたものでした。生きている昆虫の写真があっても、バックが植物や地面なので、輪郭がよくわかりません。そこで今回は、すべての写真を、生きたまま白バックで、新しく撮ることにしました。しかし出版社の計画で、撮影製作期間は1年しかありません。多数の専門家の仲間に協力をお願いする、まさに前代未聞の企画となったのです。
著者らはツテとSNSで、多くの執筆者と30人あまりの撮影隊を編成しました。本書は、その壮絶な製作記録です。とくに白バックの撮影が難題でした。昆虫は白い背景の上では、じっとしていません。動きを止めるため二酸化炭素で麻酔をかけ、目覚めて動きだす瞬間を撮影するのです。立体感を持たせる影もつける、至難の業が必須でした。最終的には、7000種近い昆虫の3万5千枚の写真が集まり、そのうち2800種を掲載することができました。
現場では、様々な昆虫の専門家が猛然と行動しました。糞虫を集めるために自分で野糞をする「セルフィー」手法はもちろんのこと、水棲昆虫のための特殊装置を開発して、初めての白バック撮影に成功したこともありました、蛾の撮影でも、標本では翅が開いていますが、生きている蛾は翅を閉じています。専門家たちは、その最適な姿を見事に撮影してくれました。季節や場所に応じた様々な昆虫には、それぞれの採集名人がいて、虫探しのためには生息環境の情報を徹底的に調べます。生きた甲虫を撮影者に郵送するという荒業も出ました。
本は表紙で売れ行きが左右されるといいます。今回は出版社の牧野さんの提案で、カブトムシとクワガタに詳しい若い専門家のFさんにお願いしました。狙い違わずその天才的な出来栄えに著者は驚愕しました。カブトムシがノコギリクワガタを投げ飛ばす瞬間を、正面から見事に捉えていたのです。最終校正で特に力を入れたのが、巻末の執筆者と協力者の一覧で、ここに白バック撮影チームを明記しました。多くが20才台の彼らが主役だったからです。総勢350名の知恵と汗の結晶による、奇跡の昆虫図鑑誕生の物語でした。「了」